Ethereumは過去10年にわたり、「分散性を損なうことなくネットワークをスケールさせる」という明確なビジョンに基づき発展してきました。その実現策として示されたのが、Layer 2ネットワーク(L2、通称「ロールアップ」)を活用するロールアップ中心のアプローチです。L2はオフチェーンでトランザクション処理することでコスト削減と高い処理能力を実現しつつ、Layer 1のEthereumから根本的なセキュリティ保証を受け取ります。
主要ロールアップであるArbitrum、Optimism、Base、zkSync、Scrollはそろって「Secured by Ethereum」を押し出しています。このキャッチフレーズは強力なマーケティング要素ですが、実際の仕組みと照らし合わせるとその内容は必ずしも明確ではありません。ロールアップの実態と資産の流れを精査することで、この主張の曖昧さが浮き彫りとなります。
本記事では、スローガンと現実のギャップに迫ります。まずはブリッジ(ユーザー資産の保管場所)、次にシーケンサー(取引順序の決定者)、そしてガバナンス(ルール制定者)の順に分かりやすく解説します。
「Secured by Ethereum」という主張は、ユーザーが実際にロールアップとどのように関わっているかを十分に説明しきれていません。
DeFi、決済、またはアプリケーション目的でロールアップを利用する際、まず資産をそのネットワーク上に移す必要があります。Ethereum自身には資産を直接L2に出し入れする仕組みがないため、ETHを瞬時にロールアップへ移動することはできません。そこで登場するのが「ブリッジ」です。ブリッジはEthereumとロールアップ間の出入口となり、ユーザーが実際に体感するセキュリティの本質を左右します。
ETHをロールアップに入金する場合、Ethereum上のブリッジコントラクトへ送金します。このコントラクトがETHをロックし、同額のETHをL2ウォレットに発行します。例えば1ETHを入金すれば、Ethereum側で1ETHが安全にロックされ、ロールアップアカウントに1ETHが表示されます。ロック資産がEthereumで管理されることで、入金は信頼性が高い仕組みとなります。
出金時には、次の手順となります:
このため、Ethereum側で出金が正当かどうかを証明するプロセスが必要となります。その方法として:
ブリッジはロールアップへの主要なアクセス経路です。家の窓にたとえると、窓(ブリッジ)が壊れれば家(ロールアップ)があっても安全に出入りできません。同様に、ブリッジが破損した場合、ロールアップ自体は作動していてもユーザーの出入りが困難になります。
したがって、ブリッジ層こそが実質的なロールアップのセキュリティを映す鏡です。資産が「Secured by Ethereum」であるかは、ロールアップそのものよりも、どのブリッジを利用し、どの信頼モデルに依存しているかで決まります。
2025年8月29日現在、Ethereumロールアップ全体で$43.96 billionの資産が管理されています。内訳は:
2019年~2022年はカノニカルブリッジがロールアップ普及の主な原動力でした。初期の成長はほぼ公式ブリッジによるEthereum中心の流れでした。
その後、2023年後半以降は大きく変化します:
市場は極めて集中しており、上位6つのロールアップがロールアップTVLの93.3%を占めます。各エコシステムの構成比:
重要点:最大規模ロールアップの大半の価値はEthereumの直接保証外にあり、ユーザーが実際に得るセキュリティは各モデルのブリッジ方式に依存します。
ブリッジは資産の所在を示しますが、仮に全資産がカノニカルだったとしても、ユーザーは依然として信頼・安全面のギャップに直面します。特に下記3点が重要です:取引順序決定、ガバナンス権限、コンポーザビリティがUXに与える影響。
シーケンス(順序決定)は、取引をどの順番でブロックに含めるかを決める処理です。大半のロールアップは中央集権型シーケンサーを採用、処理効率と収益性が高い仕組みです。
中央集権型シーケンサーによる主なリスク:
Ethereumには「強制取り込み」機能があり、ユーザーはL1経由で直接トランザクション提出可能ですが、これですべての公平性が担保される訳ではありません。シーケンサーは依然としてブロック順序制御が可能なため、ユーザーに不利益をもたらす事例も起こりえます。
具体例:
強制取り込みには、数時間(場合によっては12時間超)の待機時間や低スループット、提出後の順序変更リスクもあります。公平な実行保証というより、緊急時の遅い安全弁といった位置づけです。
一方、分散型シーケンサーへの流れも拡大しています。EspressoやAstriaが耐障害性・相互運用性に優れた共有型シーケンサーネットワークを構築中です。
ここで注目すべきは「プリコンファメーション(事前確約)」です。シーケンサーや共有ネットワークがEthereum上で最終化前に取引内容を先に約束することで、分散化による待機時間の問題を緩和しつつ公平性も担保できます。
とはいえ、中央集権型シーケンサーはシンプルかつ利益率が高く、機関投資家にも魅力的であるため、ユーザーニーズや競争が高まるまで主流は続くと考えられます。
L2の運営主体は非常に重要です。多くの主要ロールアップは企業やVC支援チームにより運営(例:BaseはCoinbase、ArbitrumはOffchain Labs、OptimismはOP Labs)されています。
彼らはまず株主・投資家の利益を最優先し、Ethereumの「社会的契約」よりも自社方針を重視します。
この結果、Ethereumのオープンな理念と企業型ロールアップのインセンティブギャップは拡大し、ガバナンスだけでなくアプリ連携やユーザー体験にも影響します。
Ethereumの特長は「アトミックコンポーザビリティ」です。スマートコントラクトが単一のトランザクションで同期的に読み書きでき、例えばUniswapのスワップがAave返済やMakerアクションまで一括処理できる点です。L2ではこの性質が分断されます:
解決策は?
Ethereumネイティブロールアップ(L1基準で設計・ガバナンス)であれば、L2→L1同期読取やL1→L2同期書込、ロールアップ間の原子的書込が可能となり、L1本来のコンポーザビリティを拡張しつつスケーラビリティも担保できます。これが実現できなければ、UXはEthereum由来でない利便層へシフトしていく傾向が続きます。
「Secured by Ethereum」が単なるスローガンで終わらず実体を伴うためには、コア保証をL1上に残すことが不可欠です。オフチェーン委員会や一社シーケンサー依存ではなく、以下3つの設計方針が重要です。
ネイティブロールアップ:バリディティ(正当性)検証を完全にEthereum上で行う方式
Basedロールアップ:トランザクション順序決定をEthereumバリデータセットに固定
Keystoreロールアップ:鍵管理とアップグレードリスクへの新アプローチ
これらのアプローチは、ユーザーが直面する主要な課題――信頼に依存した出金、企業による取引順序独占、脆弱な鍵・アップグレード管理――の解決を目指します。
バリディティ、順序、アカウントセキュリティをEthereum本体の傘下に移すことこそ、「Secured by Ethereum」を単なる標語から実質へと昇華させる道です。